平成23年3月11日。その日は、その時に日本で暮らしていた私たちにとって、一生忘れることのできない日になりました。同じ日本で、そして、同じ岩手で暮らす人たちが、津波によってその尊い命を絶たれました。幸運にも、いのちを繋いだ方々も、家や車、そして、自分が生きてきた数々の思い出を失ってしまいました。
私たちも、ご縁があって被災地となった沿岸方面にも家を建てさせていただいております。申すまでもなく、先ず家は、そこに住むご家族の命を守る。そして、財産を守る。その上で快適に過ごしていただく。私たちが住宅を提供することを生業としているがゆえに複雑な思いがあり、そしてまた、この震災によってあらためて私たちの仕事がなんなのかを根本から見つめ直す機会になったような気がします。
何か私たちにできることはないかと、被災地に足を運びながら、微力ながらも復興に協力させていただき、また、お客様の安否を尋ね、いろいろなお話を伺っています。

その中で、野田村のS様より、この災害のことを伝えて欲しいということを承りました。これからの暮らしをより安全で安心なものにするにはどうしていけばいいのか? 少しでもそのための参考になればということからです。

S様は9年前の平成14年に弊社でご自宅を建設されました。あたりの家は津波にさらわれてしまい、瓦礫と化してしまいました。S様の建物も津波の被害を受けました。建物の外観写真をご覧頂けばおわかりいただけるかと思いますが、津波が直撃したのか、流されてきた他の建物、あるいはなんらかの物が衝突したと思われる場所は外壁を打ち砕かれ、1階部分はかなりの損傷を受けてしまいました。

外壁や内部の壁面の汚れから浸水の高さがわかります。洗面の写真に写っているスイッチは床から約120cmの高さに配置されています。建物の基礎高が地面から45cmの設計ですので、水は地面からの高さだと、165cmもの高さになっていたことになります。小さな子どもや女性、高齢者の方はもちろん、身長が高く頑丈な男性であろうとも、この高さで水圧を受け、しかも、あの時期の寒さを考えれば、それがいかに耐えがたいものであったか、想像することは難しいことではありません。

ところで、今、S様は、この建物のリフォームをしている最中です。津波による被害は決して小さい物ではありませんでした。しかしながら、暮らしなれたこの地、そして、住みなれたこの家で暮らしたい。S様の強い希望により、まさに、一軒の家の再生計画に取り組んでいます。お客様同様、私たちにとっても一棟一棟の家に思い入れと思い出があります。大災害の直撃を受けた建物を再生させることは、この災害に決して負けないという企業の姿勢にとって象徴的事業にもなるだろう、そういう強い思いを持ち、このことに真摯に向き合っています。
幸いにも基礎部分や躯体はしっかりと建物を堅持しており、浸水を免れた2階部分は、そこだけを見れば、まるで何事もなかったかのようです。耐久力のある家にこだわり工法を選んできたことがこの震災のなかで、僅かではありますが、お客様の財産を守ることに役立ってくれました。

安全、安心な暮らしを取り戻す。そのことは、家だけのことではありません。仕事のこと、コミュニティのこと、様々なことがあるのだと思います。住む場所の安全確保ということだけをとりあげても、復興計画に関わる重要な問題であり、それは国や地方行政を含めた官民一体の大プロジェクトになる問題です。しかし、一方で、個人が個人の生活を保全する方策を考え実行していくことも、災害に打ち勝ち、今一度、平穏で幸せな暮らしを営む上で大切なことです。私たちサトコンホームは、とにかくできることを地域のために地域の人と行っていこうと考えています。安全な家、安心して営む暮らし。震災を機に、より住宅建築という仕事が求められていることに真剣に、誠実に取り組もう。そう考えています。今回、写真の掲載を勧めていただいた野田村のS様には心より感謝申し上げます。そして、全力で建物の復旧を実現し、穏やかな暮らしを取り戻していただきたくことを祈念しております。
